二浪之愚記

大学に行きたいんですが

【人生終了】浪人からフリーターに転落した私の末路

 

最近の私はよく働いている。つい数カ月前までは浪人という名の無為徒食としてノンビリと暮らしていたというのに、そのような日常は見る影もない。早朝から携帯電話の暴力的なアラーム音に叩き起こされ、体に疲労を感じながら渋々労働現場へと向かうのがデフォルトと化している。自宅に引きこもってインターネットの海を朝から晩まで彷徨い続けていた浪人時代とはえらい違いである。

昔からそうなのだが、私は成果が確実かつ短期的に現れる対象にしか努力をしようという気になれない。労働は出来ても勉強はできない一番の理由はこれである。ロングスパンで物事を考えられない。すなわち私の中には長期的な努力や自己投資という概念が存在していないのである。


大学受験は勉強すれば誰でも確実に報われるという性質のものではないし、そのうえ長期的な努力を要する。それに比べて現在従事している労働は一日働きさえすれば確実に日当を獲得できるという極めてシンプルな構造をしている。
受かるかどうかも分からない大学の入試対策をすることに比べれば現在の方が精神的にストレスフリーというわけだ。

それで、こんな思考癖を持った人間がどのような人生を送るのかというと、これは想像に難くない。
自分の生活を維持するためだけに目先の小銭を求めて何十年と同一時給で労働を続け、最後にとてつもない後悔を背負って死ぬのである。
私としてはそのような人生は避けたいのだが、自分の人間性を鑑みるとこの末路は不可避のように思える。

かくの如き無限ループから抜け出す方法は頭では分かっている。労働収入を得ることと並行して自己投資を行うことだ。それが資格の取得や大学受験なのか他の収入源の構築なのかは不明だが、とにかく労働以外に何か行動を起こさなければならない。
しかし頭で分かっていることと実行可能であることには大きな隔たりがある。高校生レベルのお勉強すらできなかった私が労働と並行して自己投資を継続するなど不可能に近いと言ってよい。

やはり落ちるところまで落ちると這い上がるのは大変だな、なんてことを思いつつ、今日も私は思考停止で日当を稼ぐのである。

【2019年センター試験得点開示】これが下層浪人生の現実です。

 

 

さて、今更だがセンター試験の得点開示が届いたので掲載する。

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二浪もしてこれほど酷い点数を取る受験生はそうそう見られるものではないが、実際はこのくらいの点数が一番生々しく浪人の闇を反映していると言えるのではないか。ツイッターやブログでセンター試験の開示を公開している人はたくさんいるけれど、大半が八、九割を超えていたりする。「多浪してセンター七割が限界」というような層は成績を晒さないし、そのうえ消息が不明になっている場合も少なくない。このようなタイプの浪人生はもはや知能やら勉強法以前に人間性が大学受験に適していないのだろう。

自分に何が必要なのかを吟味し適切な方法で努力を積み上げるには、ある種の理性(自制心)が求められるが、私にはそれが致命的に欠如している。つまり現状の私では努力することすら不可能なのである。

大学受験を完全に諦めることはないだろうが、これまでと同じようにグダグダと続けていても成功する未来が見えない。今後はしっかり働いて極力自力で生きていくことから始めよう。そうすることで社会的に成長できれば嬉しい限りである。その後に大学合格も果たせたらこれ以上素晴らしいことはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【早期治療】突発性難聴になった話【耳鳴り・難聴】

こんにちはyanagita920です。

私事ですが「突発性難聴」という原因不明の疾患にかかり、一週間ほど入院しておりました。退院した現在でも左耳の聴力は完全には回復しておらず、後遺症の耳鳴りが続いています。今回の記事は突発性難聴を患った当事者として、その症状や受けた治療、精神状態の変化等について書き残したものになります。
私は突発性難聴の専門家でも何でもありませんから、医学的な観点から詳しいことは言及できません。ですが、当記事では担当医から受けた説明や医師が執筆したコラムなど、私が信用できると判断したソースを元に、この病気に関する情報を必要に応じて記述しています。自己責任という形にはなりますが、何かしら参考にしていただければと思います。私が当記事を書くにあたって参考にしたコラムのリンクは当記事の最後に貼っておきます。

 

そもそも突発性難聴とは何なのか

突発性難聴はその病名の通り「突発的に起こる急性の感音難聴」です。この疾患には次のような特徴があります。

  • 片耳の聴力が低下する(例外在り)

突発性難聴において両耳の聴力が低下するケースは非常に少なく、基本的には片耳の聴力が低下します。

  • 原因不明かつ急性の難聴である

耳に外傷を負った、強烈な音波で鼓膜が傷ついた、というように原因が明らかである場合は突発性難聴には当てはまりません。また、ある一定期間を経て徐々に聴力を失った場合も突発性難聴には含まれないようです。

  • 発症時またはその前後に耳鳴りや眩暈を伴うことが多い。

耳の聞こえづらさと共に耳鳴りや眩暈を感じるようであれば突発性難聴の疑いがあります。私のケースではこれまでの人生で経験したことのないほどの強烈な耳鳴りを伴いましたが、眩暈はありませんでした。ここには個人差があるようです。耳鳴りは後遺症として残る可能性があります。

 

完治する確率に関して

突発性難聴は先ほど述べた通り「原因不明」の難聴です。この疾患を確実に治す治療法は存在しません(2019年5月現在)。私が医師から受けた説明では「患者のうちおよそ三分の一が完治し、三分の一には何らかの改善が見られ、三分の一は改善しない」ということらしいですが、早期に治療を開始した方が完治しやすい、年齢が若い方が完治しやすい、高音域の聴力が低下している場合は完治しにくい、初診時に重度の難聴である場合は完治しにくい等の傾向があるようです。最も重要なことは早期治療こそが何よりも完治の確率を高めるということです。突発性難聴は一カ月放置すると症状が固定し、以降改善は難しいようですから、少しでも怪しいと思ったらすぐに病院へ直行しましょう。

 

治療の過程

病院の耳鼻咽喉科に行き、医師に病状を話し、鼓膜の状態に関する診察を受けた後、聴力検査を経て突発性難聴と診断されました。
聴力の低下が軽度であるならば入院の必要は無く、飲み薬によって治療を行うようですが、私の場合は聴力の低下が重度であったため、医師から入院するように勧められました。入院中は点滴でステロイド薬を六日間毎日投与しました。それと並行してメチコバール錠(ビタミンB12剤)やカルナクリンカプセル(血流改善剤)、アデボスコーワ顆粒などの薬を食後に飲んでいました。
ステロイド薬は急に投与をやめると離脱症状が起きる可能性があるので、退院後二日は飲み薬のステロイド剤を処方されました。また、メチコバール錠、カルナクリンカプセル、アデボスコーワ顆粒などの薬は約一カ月継続して服用するように言われました。

私の受けた治療は以上になりますが、その他にも高圧酸素療法や星状神経節ブロック注射という治療法もあるようです。気になる方は医師に相談してみてください。

 

さて、ここからは自分語りがメインになります。

 

突発性難聴によって聴力を失った日の話

その日は朝から仕事があったので、起床したのは早朝5時半くらいでした。目覚めた直後は寝ボケていたので異変に気付きませんでしたが、脳が覚醒するにつれてしだいに耳鳴りが聞こえるようになります。起床の一時間後にはキーンというモスキートのような超高音と、ピピピピピというアラームのような音が左耳の奥底で強く響いていました。
耳鳴りくらい放っておけば勝手に治るだろうと判断した私は、そのまま仕事場へ向かいます。この時点で聴力が低下していたかどうかは不明ですが、少なくとも自覚するには至っていませんでした。
午前の業務中は「耳鳴りが強過ぎて会話が聞き取りづらいな」というような感じでした。左耳が難聴になったことを確信したのは15時くらいだったと思います。私の仕事ではイヤホンを片耳に装着して無線通信を行うのですが、右耳から左耳にイヤホンを付け替えた時にまったく通信音が聞こえなかったのです。
私はとりあえず責任者の方に状況を話し、休憩をもらうことにしました。そしてツイッターを開いて耳が聞こえなくなった旨をツイートしました。そんなことしている場合じゃないだろうと思われるかもしれませんが、これが不幸中の幸いとなります。
フォロワーの方が私のツイートを見て突発性難聴の疑いがあるので早く病院に行った方がよいと教えてくださったのです。この方のリプライがなければ難聴を放置していた可能性がありますから、これはとても有難いことです。
夕方に仕事が終わり、家に帰ったのは20時頃でした。この時には左耳は完全に聴力を失っていました。夕食を食べる時、咀嚼音が右耳からしか聞こえなくて衝撃を受けたのを覚えています。
出来るだけはやく病院に行った方がよいとのことでしたので、21時頃に病院の救急外来へ行きました。その時は突発性難聴と診断はされませんでしたが、その疑いが非常に強いので翌日の耳鼻咽喉科の予約をとって自宅に帰りました。
一日を通して尋常ではない耳鳴りが聞こえており、聴力も失ってかなり不安な心境でしたが、疲労が蓄積していたので23時ごろには眠りに落ちました。

 

完治しない確率や後遺症に対する不安

聴力が完全に戻る確率がおよそ三分の一であることや、後遺症について説明されたとき、何故か私は冷静でした。あまり事の重大さを実感しておらず、当事者意識が湧かなかったのです。なんとなく、「自分はその三分の一に入る気がする」と思いました。ある種の現実逃避状態に入っていたかもしれません。
しかし、いざ治療を開始すると、だんだん精神的に厳しい思いをするようになります。三日ほどステロイドを投与すると僅かに聴力が回復しているような感覚にはなりましたが、その一方で耳鳴りがずっと消えないのです。この頃は耳鳴りのせいで人の話に全然意識が向きませんでした。睡眠障害や精神的不安などの弊害もありました。
この耳鳴りが一生消えないなんて生き地獄じゃないか、と思いました。このままの状態で余生を生きていける気がしませんでした。
「聴力はもう諦めていい。だから、どうか耳鳴りだけは消えてくれ……」
ひたすらそう祈りながら入院生活を送っていました。

幸いなことに私はそこそこ回復が早く、退院する頃にはだいぶ耳鳴りは改善していました。この記事を書いている現在も多少の耳鳴りが残っていますが、発症時に比べればかなり軽度になっています。完治するかどうかはまだわかりませんが、今は出来るだけ安静にして治療に専念することだけを考えていこうと思っています。

 

最後に大事なこと

何度も書きますが、突発性難聴において最も重要なワードは「早期治療」です。読者の方々も、片耳に違和感を覚えるようなことがあればこの四文字を思い出してください。そして何よりも先に治療を優先してください。突発性難聴はおよそ一カ月で症状が固定します。

 

参考

eonet.jp

www.linkclub.or.jp

 

大学全落ち20歳高卒無職、ブログを書く

 

 

ブログを始めて一年が経った。

 

開設当初は受験勉強の進捗を記録する媒体として利用する予定だったのだが、勉強そっちのけで指定校推薦を批判したり稚拙な浪人哲学をだらだらと書き連ねたりしているうちに、当ブログは本来の目的を遥かに逸脱した闇の深いコンテンツへとその様相を変化させていった。

ブログへのアクセス数は数万に達し、読者登録数は100人を超えた。

多浪の闇を面白半分で覗きに来る人、私を反面教師にする人、私と同じ境遇で苦しんでいる人、私の受験生活を応援してくれる人など、多方面の人からコメントを頂いたりした。

先月は当ブログの収益化も可能となった。大学受験に全落ちし、グーグルアドセンスの審査には合格するという、まさに本末転倒の極みへと上り詰めたのである。

我ながら何をやっているのやらと呆れている。
ブログ収益を増やすには良質な記事を大量に執筆する必要があるらしいが、もはや浪人ですらない高卒無職の私に何のコンテンツが生産できるのか甚だ疑問である。

しかしせっかくの機会だから、しばらくの間は時給労働の片手間に大学受験とは関係のない事をごちゃごちゃと書いては投稿する生活を続けてみようと思う。当ブログの読者は受験以外のこと、すなわち私の生活や思想に関してはあまり興味が無いと思うけれど、気が向いた時に覗いてもらえたら有難い。

【二浪した結果】私立文系全落ちした

私大の合否が全て出揃った。
 
慶應義塾大学 文学部 不合格
上智大学 文学部 不合格
同志社大学 文学部 不合格
 
同志社のみ合格発表時に得点開示を行っている。
英語(131/200)

国語(107/150)

日本史(116/150)

合計(354/500)※合格最低点は(362/500)
 

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これに加えて、前期の筑波大学人文・文化学群人文学科を受験した。合否結果はまだ出ていないが、おそらく落ちただろう。センター試験は七割しか得点できなかった。
 
この結果に対して、私は後悔や悲嘆の念に暮れる資格すら持ち合わせていない。浪人とは名ばかりで、真面目に勉強もせず、働きもせず、恵まれた環境に甘えて延々と時間をドブに捨て続けた結果がこれである。知能も継続力も自己管理能力も欠如した人間が浪人なんてすべきでなかったのだ。それは最初から分かっていた。分かっていたけれど私は欲に負けてしまった。
 
一貫して努力することから逃げ続けた私を最後まで応援してくれた両親には、申し開きのしようがない。絶対に合格出来ないと分かっていながら親の期待を背負って関東圏の大学まで向かい、案の定問題が解けなかったときには、脳が焼けるような感覚に襲われた。もう受験なんてしている場合ではないのだと、これでようやく気付いた。今私が考えるべきことは、親に煩わせた苦労や金銭的負担の償いをどのようにするかということ以外に無い。

 

浪人はこれにて終了である。二年もの間、なんの進捗もない空虚な時間を過ごしただけだった。私が大学にかける思いなど、所詮はこの程度であったということだ。

とりあえず大学受験は諦めて、人に迷惑をかけないで、自力で生きていけるようになりたいと思う。

 

 

勉強から逃げ続けた二浪がセンター直前になって思うことなど

久しぶりに記事を書く。支離滅裂なことを書いているかもしれないのでご注意を。

 

 

 

ブログの更新が途絶えてからの数カ月間も、私は自堕落な生活を続けていた。

大学受験を半ば諦めたかのように勉強から遠ざかり、突発的に大学への未練を想い出すとおもむろに参考書を眺め、気力が減衰するとまた勉強から遠ざかるという、そんなサイクルの中に居た。

 

あと数日で人生三度目のセンター試験である。はたしてどれくらいの点数が取れるだろうか。

 

全く分からない。

人は不勉強の極地に立つと、自分の実力でさえ見当がつかなくなるんだなと思った。

どれほど英単語を忘却しているだろうか。どれほど歴史の用語を忘却しているだろうか。数学の基本的な演算は出来るのだろうか。

全く分からない。

 

思い返せば、現役時代、一浪時代、そして今、ずっと同じ過ちを繰り返している。「いつか自分は結果を出すはずだ」という在りもしない可能性に夢を見続けている。当たりの無い宝くじを延々と買い続けているようである。

 

浪人期間を経て人格も価値観も変わり、随分と卑屈になったと思う。自分は駄目な人間なのだと、思いたくないのに思ってしまう。自己嫌悪を繰り返し、知能も体力も衰え、人脈も失くしてしまった。客観的に見て何一つ良いことはなかった。

 

だけど私は浪人が出来て幸せだった。

「浪人すれば大学に行けるかもしれない」という無根拠で何の実益もない勘違いが、私にとってはこの上ない贅沢だった。

極論を言うと、この感覚こそが死なずに居られる理由なのだ。テストで点が取れなくても、親に家を追い出されて働かざるを得ない状況になっても、いつかどうにかして私は大学に行くのだろうという漠然とした意識が、心の深層に流れている。理屈では無理だと分かっていても、心のどこかで「未来の自分が勉強を頑張ってくれるのではないか」と妄信している。

このようなうちは「つらい」だとか「死にたい」だとか言いつつも、ギリギリ生きていられると思う。他人から見れば狂気の沙汰だろうが、本当にそう思うのである。

(もちろん、このような感覚こそ、私が多浪になる主な理由であることは言うまでもない)

 

これまでの行いを後悔していないと言うと嘘になるが、私は自分の限界までやってきたと思っている。「努力出来る限界」がこの様だった。もうそれを受け入れるしかないのだ。受験結果を真摯に受け入れる覚悟を持って、何の言い訳もせず、センター試験に臨みたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【圧倒的英語弱者】慶應義塾大学文学部の得点開示が届きました【懺悔】

慶應義塾大学文学部の得点開示がようやく届いた。惨敗である。

英語 60/150 
日本史 54/100
小論文 75/100
合計189/350 (合格最低点-39点)

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英語の点数を見て絶句した。記述形式の英語には自信があったし、受験した当時もそこそこ手ごたえを感じていたのだが、蓋を開けてみれば英語が一番悪い。
何が原因でこんなに悪くなったのか。記号問題は全て合っていたから、記述で相当落としているはずである。配点の高そうな要約問題が解けなかったことが敗因だろうか。
慶應文学部の英語は問題数が10問程度で、配点のほとんどが記述・論述である。
したがって一問ミスをしただけで相当な点数が削られてしまう。和訳、英訳、要約問題の対策をもっとしっかりしておけばよかった。

日本史は自称得意科目だったのだが、年号や数値を覚えきっておらず、記号問題で大幅に点を失うことになった。記述問題に関しては、漢字の書けない用語が数個あって悔しかった。相変わらず戦後史と近代文学史の知識が欠落している点は早くなんとかしたい。
しばらくは東進の一問一答で細かい知識を見直していく予定である。

小論文は出来が良い。平均得点率55%に対し、私の得点率は75%である。
今回は私が日頃から思い悩んでいる「自由意志」についての論題だった為、比較的楽に解答を作成できた。自由意志に関する書籍はいくつか読んでいたので、その内容をコピペしたようなものである。やはり小論文は運ゲーだ。
したがって来年また同じ点数を取る自信は全くない。やはり英語と日本史で稼ぐ必要がある。

 


ちなみにもう一つ受けた私立大学がある。同志社大学文学部文化史学科である。

英語 151/200
日本史 114/150
国語 91/150
合計 356/500 (合格最低点-12点)

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慶應文とは対称的に英語と日本史がよく、国語が悪い。

 

結論を言うと全科目安定感が無いのである。形式によって得点が大幅に変動するようでは真の実力とは言いえない。

一年間という猶予がありながら三教科ですら満足に習得できないというのは恥ずかしいことだ。要領が悪いのに私文専願から国文志望に変えたのが悪手だったのかもしれない。しかし今更数学・世界史・理科を捨てて私文専願に戻るという気は起きない。引くに引けない状態になってしまった。

来年は一校でいいから合格したい。そうでなければ頭がおかしくなりそうだ。